那珂組コラム

那珂組コラム

今月の法話 令和8年1月[一心寺 傍示憲昭]NEW!

門松(かどまつ)は 冥土(めいど)の旅(たび)の 一里塚(いちりづか)  めでたくもあり めでたくもなし (一休宗純)

 

とんちで有名な一休さん(一休宗純)が、お正月に詠まれた句です。しかも棒きれの先にドクロ(骸骨)を提げて京の町を練り歩きながら詠まれたと…。何ともヘンクツな坊さんです。

 

この句の意味するところは、「新しい年を迎えるということは、死に一歩近づくということ。正月の何がめでたいことか」というものです。昔は年齢を数え年でカウントしたため、元旦を迎えると、皆が一つずつ年を取ることになります。そのため、全員が「死」に一歩近づく正月がめでたいはずがない。門松はいわば、あの世へのチェックポイントのようだと言われたのです。

 

しかし、この一休さんの奇行にも意味があったのです。人は誰もが必ず死ぬ。しかもそれは今日かもしれない、明日かもしれない。生きるということと死ぬことは常に背中合わせである。皆が一斉に年をとる正月こそ、死というものをしっかりと認識しなければならない。

そして今日、目が覚めたことを喜び、今日という一日を精一杯生きよう。そんなメッセージが込められています。

 

ところで、そんな一休さんと本願寺の第8代ご門主の蓮如上人は、同じ時代に京の都におられました。蓮如上人は一休さんよりも21歳年下でしたが、お互いに敬意を払い、互いに学びあって親交を深めておられたそうです。

 

「えりまきの あたたかそうな黒坊主 こやつが法は 天下一なり」

京都の本願寺で親鸞聖人の二百回忌法要が開かれたとき、そこに出向いた一休さんが親鸞聖人の黒漆(くろうるし)の木像を見て詠んだ句です。蓮如上人からの招きに応じて本願寺の法要に参拝した他宗派の禅僧が、その開祖を「こやつ」と呼び、さらに、「この人の教えは天下一だ」と讃えるところに一休さんのすごさがあります。

またある時、『仏説阿弥陀経』に、「従是西方過十万億仏土」と説かれているのを見た一休さんが、

「極楽は 十万億土と説くならば 足腰立たぬ 婆は行けまじ」(極楽がそれほど遠いところだと言うなら 足腰も立たないようなお年寄りにはとても行けないではないか)と詠んだのに対し、蓮如上人は

「極楽は 十万億土と説くなれど 近道すれば 南無のひと声」(極楽は遠いと言われているけれど 南無阿弥陀仏と念仏一つ称えれば、行ける近道があるのだ)と返している。

 

蓮如さんが書いた「御文章」。これに目をつけた一休さんが次のような句を送りました。

「阿弥陀には まことの慈悲は なかりけり たのむ衆生を のみぞ助ける」(如来は平等の慈悲をもつというが、御文書には「たのむ衆生は助けるが、頼まぬ衆生は助けない」とある。念仏を称えないものは助からないのか)

もちろん一休さんは弥陀の本願をよく知っているので、これは一つのとんち合戦です。

蓮如さんはこれに答えて

「阿弥陀には へだつる心 なけれども 蓋(ふた)ある水に 月は宿らじ」(月は地上のどんな水にも映ります。しかし、蓋を閉じていれば、その中の水には月は映りません。蓋はその人の心が閉じているということ。心を開いて念仏をすれば、阿弥陀様は助けてくれますよ。)と返されました。

 

臨済宗には「公案(こうあん)」というものがあります。いわゆる“禅問答”です。この二つのお話はまるで一休さんから蓮如上人にむけた“禅問答”にもみえます。

この二人の当意即妙のやりとりは、仏法を熟知したプロであり、それを心から楽しむ遊び心があるからこそ成立するのでしょう。   合掌

一心寺 住職 傍示憲昭