那珂組コラム

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今月の法話 令和8年 2月 [光蓮寺 簑原智海]NEW!

お念珠がつなぐもの

先日、あるお宅のご法事でお参りの途中、「あっ」という声と共に、お念珠の珠が転がってきました。お念珠が切れたのでしょう。お経を中断し、皆で散らばった珠を拾い集めていました。
その時、誰かが小さな声で「不吉な・・・」

お念珠が切れるのは、不吉なことの前触れでも、縁起が悪いことでもありませんので、ご安心ください。ただの糸の劣化か、その方がお経の間、退屈でお念珠をいじって遊んでいたか、どちらかでしょう。

お念珠が切れたのは40代の施主の方でした。「お念珠が切れるのは、それだけいつもお念珠を手にお参りをされてきた証拠、有り難いことです。でも、あまり使ってないお念珠も、久しぶりに使うと、糸が硬くなってしまっていて切れやすいようですよ」とお話しすると、施主のお母さんが「あんたがいつもちゃんとお参りせんけんたい。法事の時にしかお念珠使いよらんやろ。」と。施主が「でもこれ親父のお念珠。親父もあまり使ってなかった・・・。」 と言うと、お母さんが「だからあんたがそのお念珠をしっかり使ってお参りしなさい。」と。
不吉なことも、縁起が悪いこともありません。尊いご法事でのご縁でありました。

 

浄土真宗のお念珠は、先立って往かれた大切な方を偲び手を合わすための道具、そして、仏さまに手を合わすための道具です。災いから守ってくれたり、特別な力を与えてくれるパワーストーンのようなお守りや開運のアイテムではありません。
ですがそこには「あなたもお念仏と共に生きていってほしい。あなたも仏となる人生を歩んでほしい。」という願いがあります。
それは仏さまからの願いであり、先立って往かれた大切な方からの願いであります。その願いをこの身にいただきながら私たちはお念珠を手にお念仏申すのでありましょう。

先日、本堂で手を合わせている息子を見ると、お念珠が小さくなり両手を通せなくなっていました。3才くらいの時に渡した子供用の小さなお念珠です。お念珠を指でクルクルと回して遊んでいた頃を懐かしく思い出しながら、新しいお念珠を用意しようとよろこんでいます。
この子の人生がこれからもお念仏と共に、仏さまと共にあることを願いつつ。

合掌

光蓮寺 住職 簑原智海