那珂組コラム

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今月の法話 令和3年 4月[ 専宗寺 佐野 唯信 ]

「また会おうね」と言えるお別れ

昨年、98歳でご往生された、月忌参りで毎月顔を合わせていたご門徒のおばあちゃん。「さようなら」というのが嫌いで「また会おうね」という言葉でいつもお別れのあいつをされていたと、ご法事でご家族からうかがいました。大切な人ともう会えない、と思うとこれほど切ないものはありません。でもまた会えると思うと、別れのさみしさとともに、次に会うことを思うと楽しみも生まれます。

お経には、阿弥陀如来の誓願により往き生まれる仏の願土を「極楽浄土」といい、またこの浄土は「倶会一処」の仏土であると説かれます。「またひとところで会える」という意味です。死別は永遠の別れではないと説かれているのです。

仏教は「仏になる」というゴールに向かって歩む、その歩みそのものです。浄土真宗は、その歩みを「あなたを必ず仏にする」と誓われた「南無阿弥陀仏」とともにさせていただきます。そしてお浄土へ生まれ往き、仏とさせていただくので「往生」というのです。決して消えて無くなるのではありません。

往生された大切な方は、阿弥陀如来とともに仏として、さみしさや切なさを抱えた私に、安心していいよ、と寄り添って下さいます。「また会おうね」という、仏様になったおばあちゃんのやさしい言葉が、いままさにここに届いているようです。

専宗寺
佐野 唯信