那珂組コラム

那珂組コラム

今月の法話 令和8年10月[ 浄運寺 白山義章 ]NEW!

極重悪人唯称仏 我亦在彼摂取中 煩悩障眼雖不見 大悲無倦常照我

今年8月19日、縁あって、ネパールにあるカトマンズ本願寺にてソナム・ワンディ・ブティア師の一周忌法要をお勤めさせていただきました。

ソナムさんはネパールとブータンの間に位置するインド・シッキムのご出身です。紅茶で有名なダージリンのある地域です。シッキムは仏教の熱心な土地柄で彼はチベット仏教徒のお宅に生まれ、3歳から僧侶として父親の厳しい指導のもとに育ち、お寺で修行を続けます。16歳で一連の修行を終え、3年3ヶ月3週間と3日、山にこもって師匠以外の誰とも話さず仏道を修めるという厳しい修行に入ることを許されます。修行を認められる事自体が名誉あることですが、この修行を成し遂げたソナムさんはチベット仏教界ではかなり信頼もあり20代で仏教学校の校長も任されるようになります。

そんなソナムさんですが、内心、心に残る消えない煩悩にも悩んでいました。あんなに厳しい修行を終えたのに、欲や怒りの心を感じていました。ある時ソナムさんはインドのブダガヤというお釈迦さまがお悟りを開かれた地にて向坊弘道さんという日本人と出会います。車椅子で思うように体を動かすことの出来ない向坊さんを哀れみ、仏教の教えを説いていたところ、向坊さんに消えない煩悩に悩んでいることを見抜かれ、あなたと同じように悩んで苦しんだ人が700年前にいたと親鸞聖人のことを聞かされます。すぐにソナムさんは日本の仏教を学び、親鸞聖人のみ教えに出遇われました。その後、ソナムさんは浄土真宗僧侶として得度もされ、向坊さんと共にネパールの首都にカトマンズ本願寺を建立されました。カトマンズは世界中からバックパッカーが集まる地です。ここを訪れてくる若者たちにこそ仏教の教えを伝えたいと、カトマンズ本願寺を拠点として、仏教伝道の日々を送られました。

彼の一周忌法要の中で、インドでの挨拶に触れ、インドでは右手は清浄な手、左手は不浄な手とされています、その両手を合わせて清浄な心も不浄な心も併せ持つ私全てであなたを敬いますという意味が込められているのですねというお話しをいたしました。すると、チベットの僧侶の方が、だからあなたたちは不浄な左手を清めるために左手に念珠を持っているのですね。と話されていました。仏道修行に励まれたチベット僧でも目の前のまじないや祈祷のような事に執われて物事を観ているのだと驚くのと同時に、ソナムさんもこのようなところに悩んでいたのだろうと感じました。

人種や言葉や文化が違っていていも、人の悩みや苦しみは同じなのだと思いました。だからこそ、人が作った垣根を超えて伝わるみ教えに出遇いソナムさんはとても喜ばれたのだと思います。
これからもカトマンズ本願寺をきっかけとして、1人でも多くの人が仏法に出遇い、お念仏申す身となることを願っています。

浄運寺 住職 白山義章